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SCENE SECTION
01.始動 / 02.対面 / 03.策略 / 04.死闘 / 05.断罪 / 06.終結
「やっぱり、何度来ても…慣れないなぁ」
天を摩するほどの超高層ビルを見上げ、強烈なビル風で乱れた髪を押さえながら、沙羅がポツリと呟いた。
物憂げな沙羅を横に見ながら、一哉はIDの内蔵された携帯を入口横手にある認証装置に翳し、センターの扉を開ける。
「李(リー)財閥が創り上げた私設軍、通称GUARDIAN(ガーディアン)の東京支部。各国に拠点を持つ世界屈指の情報機関であり、兵器、製薬、航空機、宇宙船等の開発、製造を含めた軍事企業でもある…ってね。ま、確かにそう聞けば、大層なカンジはするかな」
ガイドブックの記述を暗唱しながら携帯をポケットにしまうと、少し後ろを歩く沙羅へと、背中越しに視線を遣る。
「無理もねぇよ。沙羅はここに顔出すようになって、まだ一年も経ってないんだ」
手慣れたようにオートロックを解除して先を歩く彼は、沙羅よりもずっとこの場所に…この世界に馴染んでいる。
「俺はもうガキの頃からずっと、こういう機関に関わってたからなぁ。沙羅とは逆に、普通の高校生やってる方がメンドい」
「……。あたし、普通の中学生も上手じゃないもん」
沙羅がぷぅと白い頬を膨らませた。
「どっちもヘタクソ」
そんな沙羅の頭を撫で、一哉が微苦笑する。
「ま、そう拗ねるなって。そのうち慣れる」
1階ロビーの天井は円柱状の吹き抜けになっていて、7階までのフロアを中心から眺められる構造になっている。
携帯を片手に先を急ぐ人、研究所の薬品を運ぶ人、高級なスーツに身を包んだ裕福そうな外来客。
何千人もの、あらゆる職種の人々が行き交うここは、いつも慌しい。
前方でエレベーターの扉が開き、ガーディアンの赤い軍服を着た戦闘員(コンバタント)が数人降りてきた。
彼等の姿を目にし、沙羅は微かに顔を曇らせる。
赤い軍服には血がこびりついている――沙羅と一哉に気付いた戦闘員達が、慌てて敬礼をした。
彼らにとって、特級(スペシャル・クラス)にあたる二人は上官だ。
軍事体制のガーディアンでは、彼等のような子供となると稀なものの、年下の上官というのはそう珍しくない。
そして、任務を終えた戦闘員の軍服に血痕がついているのも、さして珍しい事ではない。
ここが軍事組織である事。
それはつまり、戦禍に関わるという事だ。
覚悟しているつもりでも、沙羅はやはり気鬱になってしまう。
「…沙羅」
沙羅の胸中を察した一哉は、彼女の肩をそっと叩き、柔和な口調で諭す。
「ガーディアンは確かに軍事組織で、アブねぇこともやってるけど…この国にとっちゃ、唯一マトモな情報機関でもあるんだ」
沙羅の悲しい顔は見たくない。
本当は、こんな場所からは遠ざけてやりたかった。普通に過ごしてほしかった…それが一哉の本心だ。
――だけど。
「内閣情報調査室や公安調査庁みたいな、工作機関(オペレーション)の無い日本の情報機関じゃ、もう国土を護りきれない。ガーディアンの情報機関は情報分析(アナリシス)、工作活動(オペレーション)はもちろん、謀略(コンスピラシー)も兼備してる。今一番重要なカウンター・テロリズムもだ。別に、戦争を起こそうって活動をしてるわけじゃない。だけど戦わないで平和を勝ち取れるほど、世界ってのは甘くないんだ。…解るな?」
ガーディアンの前総帥、李賀龍(リー・ホーラン)が他界して以後。
その息子である李聯(リー・ルエン)の代になって、ガーディアンは急速に軍事複合体(コングロマリット)としての力を増している。
沙羅は、ガーディアンに加入する事を決意したその時に、軍事組織に属するという事がどういう事かを理解していたつもりだった。
だが、いざそれを目の前に、現実として突きつけられると…未だに気持ちが追い付かない。
「…うん」
小さく頷き、沙羅は微笑む。
「ごめんね、一哉」
すぐに挫けそうになるのは自分が弱いせいだと、沙羅は思う。
――それと…。
一哉を見つめる。
――この優しすぎる従兄妹が、いつも傍にいてくれるから。
「ダメだね、あたし。…うん、元気出す!」
そう言って前へ進む沙羅の、小さな背中。
彼女の後姿を見つめて立ち止まり、一哉は静かに拳を握る。
「一哉、行こ」
振り返った沙羅が、肩越しに微笑んだ。
「…あぁ」
一哉は笑顔を返すと、すぐにその後を追った。
「やっぱり、何度来ても…慣れないなぁ」
天を摩するほどの超高層ビルを見上げ、強烈なビル風で乱れた髪を押さえながら、沙羅がポツリと呟いた。
物憂げな沙羅を横に見ながら、一哉はIDの内蔵された携帯を入口横手にある認証装置に翳し、センターの扉を開ける。
「李(リー)財閥が創り上げた私設軍、通称GUARDIAN(ガーディアン)の東京支部。各国に拠点を持つ世界屈指の情報機関であり、兵器、製薬、航空機、宇宙船等の開発、製造を含めた軍事企業でもある…ってね。ま、確かにそう聞けば、大層なカンジはするかな」
ガイドブックの記述を暗唱しながら携帯をポケットにしまうと、少し後ろを歩く沙羅へと、背中越しに視線を遣る。
「無理もねぇよ。沙羅はここに顔出すようになって、まだ一年も経ってないんだ」
手慣れたようにオートロックを解除して先を歩く彼は、沙羅よりもずっとこの場所に…この世界に馴染んでいる。
「俺はもうガキの頃からずっと、こういう機関に関わってたからなぁ。沙羅とは逆に、普通の高校生やってる方がメンドい」
「……。あたし、普通の中学生も上手じゃないもん」
沙羅がぷぅと白い頬を膨らませた。
「どっちもヘタクソ」
そんな沙羅の頭を撫で、一哉が微苦笑する。
「ま、そう拗ねるなって。そのうち慣れる」
1階ロビーの天井は円柱状の吹き抜けになっていて、7階までのフロアを中心から眺められる構造になっている。
携帯を片手に先を急ぐ人、研究所の薬品を運ぶ人、高級なスーツに身を包んだ裕福そうな外来客。
何千人もの、あらゆる職種の人々が行き交うここは、いつも慌しい。
前方でエレベーターの扉が開き、ガーディアンの赤い軍服を着た戦闘員(コンバタント)が数人降りてきた。
彼等の姿を目にし、沙羅は微かに顔を曇らせる。
赤い軍服には血がこびりついている――沙羅と一哉に気付いた戦闘員達が、慌てて敬礼をした。
彼らにとって、特級(スペシャル・クラス)にあたる二人は上官だ。
軍事体制のガーディアンでは、彼等のような子供となると稀なものの、年下の上官というのはそう珍しくない。
そして、任務を終えた戦闘員の軍服に血痕がついているのも、さして珍しい事ではない。
ここが軍事組織である事。
それはつまり、戦禍に関わるという事だ。
覚悟しているつもりでも、沙羅はやはり気鬱になってしまう。
「…沙羅」
沙羅の胸中を察した一哉は、彼女の肩をそっと叩き、柔和な口調で諭す。
「ガーディアンは確かに軍事組織で、アブねぇこともやってるけど…この国にとっちゃ、唯一マトモな情報機関でもあるんだ」
沙羅の悲しい顔は見たくない。
本当は、こんな場所からは遠ざけてやりたかった。普通に過ごしてほしかった…それが一哉の本心だ。
――だけど。
「内閣情報調査室や公安調査庁みたいな、工作機関(オペレーション)の無い日本の情報機関じゃ、もう国土を護りきれない。ガーディアンの情報機関は情報分析(アナリシス)、工作活動(オペレーション)はもちろん、謀略(コンスピラシー)も兼備してる。今一番重要なカウンター・テロリズムもだ。別に、戦争を起こそうって活動をしてるわけじゃない。だけど戦わないで平和を勝ち取れるほど、世界ってのは甘くないんだ。…解るな?」
ガーディアンの前総帥、李賀龍(リー・ホーラン)が他界して以後。
その息子である李聯(リー・ルエン)の代になって、ガーディアンは急速に軍事複合体(コングロマリット)としての力を増している。
沙羅は、ガーディアンに加入する事を決意したその時に、軍事組織に属するという事がどういう事かを理解していたつもりだった。
だが、いざそれを目の前に、現実として突きつけられると…未だに気持ちが追い付かない。
「…うん」
小さく頷き、沙羅は微笑む。
「ごめんね、一哉」
すぐに挫けそうになるのは自分が弱いせいだと、沙羅は思う。
――それと…。
一哉を見つめる。
――この優しすぎる従兄妹が、いつも傍にいてくれるから。
「ダメだね、あたし。…うん、元気出す!」
そう言って前へ進む沙羅の、小さな背中。
彼女の後姿を見つめて立ち止まり、一哉は静かに拳を握る。
「一哉、行こ」
振り返った沙羅が、肩越しに微笑んだ。
「…あぁ」
一哉は笑顔を返すと、すぐにその後を追った。
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