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SCENE SECTION
01.痛み / 02.潜入 / 03.ジャッジ / 04.焔魔 / 05.偽りの理由 /
06.遺恨 / 07.欠陥 / 08.恋人
能率的で徹底的で力強くて勇敢、彼の目的は殺すこと
破壊は彼の力の礎、意志の道しるべ
彼の鍛冶場は禍々しく輝き、彼の手下は疲れを知らず
それもこれも欲望という名の女神を飾るため
女神の産む双子は血と焔
――――ロバート・グラント
05. 擬餌
軍に入ったのは10歳になるすこし手前だったと思う。詳しく覚えてはいない。
あの頃俺のいたスラムは、弱肉強食なんて生易しい世界じゃなかった。
生きるためにはなんだってできた。
唯一の家族だった親父は、俺が8歳になる手前でテロリストに殺された。
何の事件に巻き込まれて、親父を殺したのがどんな集団だったのかなんて、ガキの頭で理解できるわけない。
幸い俺は人より身体もでかかったし、運動神経も視力もよかった。
おなじスラムで身体を売って大金稼いでるガキもいたけど、そんなのはゴメンだった。
だれかに自分を売ることだけは死んだってしたくない。
軍にいた頃の俺は…。
なんにも解っちゃいなかった。
アイスルとかイツクシムとか。そんなものは一生俺には無縁だと思ってた。
優しさなんてものを誰かに示したら、そこで終わりだ。
――――その辺に転がってる腐れた死体。
明日は我が身。誰にも油断なんかしちゃいけない。
――――笑顔を見せちゃいけない。
ガキの頭で思いつく精一杯の自己防衛。
生きるために軍に入った。出世なんかどうだってよかった。
タダ飯が食えて、顔も知らねぇ、なんの恨みもねぇ相手を殺して、金がもらえる。
こんなラッキーな暮らしはない。
瓦礫の上に草むらに、海に浮かんでる死体。
俺だっていずれ、同じように転がる。
アララト・パーク・ハイアット、モスクワ。
ハイアット系列最高級のホテルは、マールイ劇場の向かいにある。
最上階の展望カフェ、コンセルヴァトーリアで飲みなおしたあと、部屋に戻って…。
――――予想してたより。
全然育ってたな。
…積極的だし。
――――そこは変わってねぇ、か。
ブラッドが煙草に火をつけたところで、シャワーを浴びたアムシェルが戻ってきた。
白い肢体。胸の膨らみは強調しすぎているくらいで…折れそうに細い腰。
――――あの頃の俺だったら、堪んないだろうな。
こんなとき、セックスした相手と今の「恋人」とを――――レインと比較してしまうのは悪い癖だ。そう思う。
あいつ男だし。
俺も変わったな…。
「変わったわね、ブラッド」
冷たいグラスをブラッドに手渡して、バスローブ姿のアムシェルが言った。
2人で使っても大きすぎるくらいのベッド。ブラッドの隣がアムシェルの重みで軋む。
「そうかな」
ブラッドが乱すように髪をかき上げた。
「そうでもないぜ。男ってのは、そう成長するもんじゃない。…女のが変わるだろ」
アムシェルの腰に腕を回す。
こういう仕草を自然にやってしまうのは、ブラッドの癖だ。
「優しくなった。それに…」
そっと、ブラッドの膝に手を乗せる。
「上手になったわ…すごく」
「――――どうも」
合わせる程度のキス。
「誰の影響なのかしら」
アムシェルから手を離したブラッドが、困ったように口角を上げた。
アッシュトレイの上に火のついた煙草を置く。
女が恐いなんて。
思ったこともなかったんだけどな…。
…いや。
今の恋人が純粋すぎるから、か。
「相変わらずお酒に強いのね。わたしなんてすっかり酔ってるのに。もう1杯どう」
「体質でね」
グラスを受け取ったブラッドが、アムシェルの頬に優しく触れた。
そっと引き寄せて――――。
「睡眠薬は効かないんだ。…何杯飲んだってな」 グラスを煽る。
「!」
アムシェルを押さえ込んで、そのまま覆いかぶさるかたちでベッドに引き倒す。
「気づいてたのね」
「勘はいいんだ。ついでにハナも」
「そう、だったわ」
アムシェルが苦笑する。「…そうだったわね」
「俺を殺すならもっと強い毒じゃないとな。まぁ…方法はきらいじゃないぜ。大歓迎」
「殺す?…ふふ」
顔を背けて…瞳を閉じる。
「そういうところだけは変わらないのね。あたしにそんな勇気があると思うの」
「アムシェル。中央の正規軍―――「白軍(イノセンス)」の大尉、ジェシカ・エインズワースは…偽名なんだな」
「エインズワースは本名よ。結婚したの」
きつく、ブラッドを見上げる。
薄いグリーンの光彩が――――揺れる。
「アムシェルは…名前は捨てたのよ。あの日…あなたが死んだ日に」
「………」
「どうして…生きていたならどうして、会いにきてくれなかったの」
「――――中央の差し金、か。それとも単純に…俺に対する私怨?」
「っ…莫迦にしないで」
乾いた音。
ブラッドの褐色の頬に、赤い痕が残る。
「なにも分かってないのは、あなたの方だわブラッド!あたしがどんな覚悟であなたを…っ」
「俺のカラダのことは訊いたのか。アム」
「――――え?」
覆いかぶさったままで、ゆっくりと…膨らんだ胸の先端に舌を這わせる。
「っ…ブラッド」
「遺伝子混合(ハイブリッド)。俺のカラダは普通の人間とは違う。そんなナリで…どんな言葉をかけられる」
「……」
「傷つけるつもりなんかなかった」
真っ直ぐに。
獣みたいな瞳が、真っ直ぐにアムシェルを映す。
「大切だったからだ――――おまえが」
「……」
下肢に手を滑らせて、首筋に、髪に、頬に――――優しくキスする。
「教えてくれ、アム」
指を入れた部分に、自身を当てるようにして…アムシェルの耳に舌を這わせる。
能率的で徹底的で力強くて勇敢、彼の目的は殺すこと
破壊は彼の力の礎、意志の道しるべ
彼の鍛冶場は禍々しく輝き、彼の手下は疲れを知らず
それもこれも欲望という名の女神を飾るため
女神の産む双子は血と焔
――――ロバート・グラント
05. 擬餌
軍に入ったのは10歳になるすこし手前だったと思う。詳しく覚えてはいない。
あの頃俺のいたスラムは、弱肉強食なんて生易しい世界じゃなかった。
生きるためにはなんだってできた。
唯一の家族だった親父は、俺が8歳になる手前でテロリストに殺された。
何の事件に巻き込まれて、親父を殺したのがどんな集団だったのかなんて、ガキの頭で理解できるわけない。
幸い俺は人より身体もでかかったし、運動神経も視力もよかった。
おなじスラムで身体を売って大金稼いでるガキもいたけど、そんなのはゴメンだった。
だれかに自分を売ることだけは死んだってしたくない。
軍にいた頃の俺は…。
なんにも解っちゃいなかった。
アイスルとかイツクシムとか。そんなものは一生俺には無縁だと思ってた。
優しさなんてものを誰かに示したら、そこで終わりだ。
――――その辺に転がってる腐れた死体。
明日は我が身。誰にも油断なんかしちゃいけない。
――――笑顔を見せちゃいけない。
ガキの頭で思いつく精一杯の自己防衛。
生きるために軍に入った。出世なんかどうだってよかった。
タダ飯が食えて、顔も知らねぇ、なんの恨みもねぇ相手を殺して、金がもらえる。
こんなラッキーな暮らしはない。
瓦礫の上に草むらに、海に浮かんでる死体。
俺だっていずれ、同じように転がる。
アララト・パーク・ハイアット、モスクワ。
ハイアット系列最高級のホテルは、マールイ劇場の向かいにある。
最上階の展望カフェ、コンセルヴァトーリアで飲みなおしたあと、部屋に戻って…。
――――予想してたより。
全然育ってたな。
…積極的だし。
――――そこは変わってねぇ、か。
ブラッドが煙草に火をつけたところで、シャワーを浴びたアムシェルが戻ってきた。
白い肢体。胸の膨らみは強調しすぎているくらいで…折れそうに細い腰。
――――あの頃の俺だったら、堪んないだろうな。
こんなとき、セックスした相手と今の「恋人」とを――――レインと比較してしまうのは悪い癖だ。そう思う。
あいつ男だし。
俺も変わったな…。
「変わったわね、ブラッド」
冷たいグラスをブラッドに手渡して、バスローブ姿のアムシェルが言った。
2人で使っても大きすぎるくらいのベッド。ブラッドの隣がアムシェルの重みで軋む。
「そうかな」
ブラッドが乱すように髪をかき上げた。
「そうでもないぜ。男ってのは、そう成長するもんじゃない。…女のが変わるだろ」
アムシェルの腰に腕を回す。
こういう仕草を自然にやってしまうのは、ブラッドの癖だ。
「優しくなった。それに…」
そっと、ブラッドの膝に手を乗せる。
「上手になったわ…すごく」
「――――どうも」
合わせる程度のキス。
「誰の影響なのかしら」
アムシェルから手を離したブラッドが、困ったように口角を上げた。
アッシュトレイの上に火のついた煙草を置く。
女が恐いなんて。
思ったこともなかったんだけどな…。
…いや。
今の恋人が純粋すぎるから、か。
「相変わらずお酒に強いのね。わたしなんてすっかり酔ってるのに。もう1杯どう」
「体質でね」
グラスを受け取ったブラッドが、アムシェルの頬に優しく触れた。
そっと引き寄せて――――。
「睡眠薬は効かないんだ。…何杯飲んだってな」 グラスを煽る。
「!」
アムシェルを押さえ込んで、そのまま覆いかぶさるかたちでベッドに引き倒す。
「気づいてたのね」
「勘はいいんだ。ついでにハナも」
「そう、だったわ」
アムシェルが苦笑する。「…そうだったわね」
「俺を殺すならもっと強い毒じゃないとな。まぁ…方法はきらいじゃないぜ。大歓迎」
「殺す?…ふふ」
顔を背けて…瞳を閉じる。
「そういうところだけは変わらないのね。あたしにそんな勇気があると思うの」
「アムシェル。中央の正規軍―――「白軍(イノセンス)」の大尉、ジェシカ・エインズワースは…偽名なんだな」
「エインズワースは本名よ。結婚したの」
きつく、ブラッドを見上げる。
薄いグリーンの光彩が――――揺れる。
「アムシェルは…名前は捨てたのよ。あの日…あなたが死んだ日に」
「………」
「どうして…生きていたならどうして、会いにきてくれなかったの」
「――――中央の差し金、か。それとも単純に…俺に対する私怨?」
「っ…莫迦にしないで」
乾いた音。
ブラッドの褐色の頬に、赤い痕が残る。
「なにも分かってないのは、あなたの方だわブラッド!あたしがどんな覚悟であなたを…っ」
「俺のカラダのことは訊いたのか。アム」
「――――え?」
覆いかぶさったままで、ゆっくりと…膨らんだ胸の先端に舌を這わせる。
「っ…ブラッド」
「遺伝子混合(ハイブリッド)。俺のカラダは普通の人間とは違う。そんなナリで…どんな言葉をかけられる」
「……」
「傷つけるつもりなんかなかった」
真っ直ぐに。
獣みたいな瞳が、真っ直ぐにアムシェルを映す。
「大切だったからだ――――おまえが」
「……」
下肢に手を滑らせて、首筋に、髪に、頬に――――優しくキスする。
「教えてくれ、アム」
指を入れた部分に、自身を当てるようにして…アムシェルの耳に舌を這わせる。
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