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SCENE SECTION
01.痛み / 02.潜入 / 03.ジャッジ / 04.焔魔 / 05.偽りの理由 /
06.遺恨 / 07.欠陥 / 08.恋人
鬱々としたまま窓辺に片肘をつくと、再び重い溜息が出てしまった。
レインの黒い軍服にはいくつかデザインがあり、中央に行く日はもっとも形式ばった正装を身につけることにしているのだが、これが窮屈で重くて、余計に暗澹としてくる。
――――鬱陶しい。
どうせ行ったところで、くだらない因縁をフッかけられるか、厭味を言われるかだ。
不当な任務を断りようがない形で押し付けられ、中央幹部の尻拭いをさせられることすらある。
気鬱に窓を睨んでいたレインを、中央幹部(セントラル・ヒエラルキー)、キーファ・ザカライアは、後方から執拗に注視していた。
そのいやらしい視線を断ち切りたいのは山々だったが、声をかけることすら疎ましいレインは、なるべく遠くの端の席を選び、時間が早く経過するのをただひたすら待つことに決めていた。
だが、そんなレインの意向などキーファに感知できるはずがない。
無神経にも歩み寄ってきたキーファは、わざわざレインの正面まで来ると、耳障りな声でこう言った。
「どうしましたエル総帥。ご気分が優れないようだ」
「………」
「色々とお忙しいんでしょう…寝不足ですか」
レインの正面に置かれた、口のつけられていない冷めた紅茶を下げるついでに近づき、その位置からゆっくりと、黒い軍服に視線を這わせる。
鳥肌が立つような嫌忌に堪え、レインは窓を睨んでいる。
「貴方ほどの方だ。きっと…寝る間もないんでしょうね」
「………」
一点を見つめたままのレインの表情は変わらない。
幹部(ヒエラルキー)。
この連中の好き勝手な暴挙には、うんざりしている。
中央に擁護されている特権階級は、ほとんどが大富豪や有力財閥、高位な軍事関係者で占められている。
なんの実力も無いくせに、金と権力だけで威勢がいい。
めでたい連中だ。
「セントラルにも貴方のファンは多い、エル総帥…ぜひ一度、わたしたちの会合に…」
「退(ど)け」
レインに触れようとしたキーファの手は、冷たい刀に遮られていた。
「っ…ひ」
先刻までこの空間にいなかったはずの黒いフードを目深に被った男は、レインとキーファの間に入ると、護るようにレインを背後へ隠した。
「な、っ…なんだ貴様は。わたしを誰だと」
「俺の部下だ」
黒服の男を挟んだ位置から、初めてキーファを正面に捉えると、レインが嬌笑を浮かべた。
「俺は汚いモノが苦手でな。アレルギーなんだ。そういうモノが俺に触れるのを防いでくれる」
「っ……な…」
「レイン、もう着く。コートを」
促され、立ち上がったレインの背中に、黒服の男がコートをかけた。
「部下が失礼を。では、キーファ将校」
顔も向けずにそう言い捨ててレインが出て行くと、影のように寄り添った黒服の男も、煙のように部屋から消えてしまった。
専用機から降り、強い海風に乱された黒髪を片手でかき上げると、正面を向いたまま、レインが背中に声をかけた。
「直樹(なおき)…刃は向けるな。相手が違えば面倒なことになっていた」
黒衣の下で直樹が笑む。
「ごめん。レインに触られんのヤだったもんで、つい」
「中央の内部はあーいう阿呆の巣窟だ。…キれるなよ」
「たぶんね」
「まぁ、止めないけどな。我慢ができないなら仕方がない。好きにしろ…俺が揉み消してやる」
レイン特有の自信に満ちた艶っぽい笑みを向けられると、直樹もつられて表情を緩めてしまう。
――――あぁ、ちくしょう。
なんて可愛いんだ、レイン…。
邪な衝動が沸き上がるものの、あくまで体裁をとり繕う直樹の笑顔は爽やかそのものだ。
均整のとれたしなやかな体躯に、自己流に着崩した軍服を纏った神代(かみしろ)直樹(なおき)は、SNIPER幹部、レイン専属護衛(ガードナー)の1人で、階級は大将(ジェネラル)。
今年17歳になったばかりの高校生、可愛い顔立ちにはまだ幼さが残っているが、挙措に気品があり、水のように閑雅な雰囲気がある。
「なぁ、レイン。終わったらメシ食いに行かない。2人で」
「気が早いな…これからだぞ」
「俺には、中央なんかどうでもいいし。レインのことしかアタマにないよ」
「……。終わったらな」
「っ…マジで。やった」
年相応の笑顔を浮かべ、忌憚なく快哉を上げる直樹を横目に、レインが煙草を銜えた。
指先に灯った焔が先端を焦がす。
海からの強風に煙草の煙は縮れて細くなり、すぐに薄れていく。
滑走路の四囲には軍機を何百と停めることができる巨大なエアポートがあり、さらにその周囲には広大な大西洋が広がっている。
警備兵によるチェックを済ませ滑走路に設えられた転送装置に乗ると、外界からのあらゆる干渉を遮断する、防壁の内側へと飛ばされた。
海に浮かぶ新大陸、エデン。
目の前に広がるのは、楽園の名を象徴したかのような豊かな森だ。
度重なる争いにより絶滅したとされる昆虫、動物、植物などが、浄化されたこの空間の中で生かされ、育まれている。
虹色の蝶がレインの指先に止まろうとしたが、唇から漏れた煙草の煙に押され、ゆるりと離れていった。
エデンに生息している生物は、人間に対する警戒心をもたない。
無菌状態の世界は光彩陸離だったが、レインはこの不自然な空間に嫌悪を抱いていた。
「蝶とレイン、って絵になると思うけど。…きらいなの?」
煙草の煙で虫除けをしているようなレインの様子に気付いた直樹が、片手に青い蝶を乗せながら首を傾げる。
「ルーミスシジミ。綺麗じゃない?」
「……。見た目はな」
近づいてきた別の蝶にレインが煙草の煙を吹きつけると、くるくると回転し、そのまま地面に落ちてしまった。
「ここにあるものは全て、外の世界では生きていけないものだ。…エデンの生物はこの囲いの中でしか生きられない。人の作り出した楽園など、ただのエゴだ」
「……。絵になるのにな」
森の中心には、はるか天空にまで伸びた円筒状の建物がある。
しばらく進んだ場所に小さなエントランスが見え、そこに立っていた白い制服姿の女性たちが事務的な笑顔で歩み寄ってきた。
「お待ちしておりました。レイン・エル総帥」
「どうぞこちらへ。統帥(ドゥーチェ)の元へご案内いたします」
女性たちに促され、、エデンの内部へと足を踏み入れる。
転送装置で一気に上階まで上り、巨大な一枚扉の前に立ったところで直樹の姿は消え、それと同時に現れた別の気配に気付いたレインは、嘆息と共に足を止めていた。
中央政府正規軍、「白軍(イノセンス)」の白い軍服に身を包んだ長身の女性が、臙脂の絨毯が敷かれた廊下に立っていた。
陰湿な笑みをちらつかせながら、ゆっくりとレインに歩み寄ってくる。
「おや。誰かと思ったらスナイパーの」
「……」
いかにも億劫だと言いたげな所作で顔を上げたレインを女は睨みつけ、忌々しそうに髪をかき上げる。
「あたしの方が格上。おまえから挨拶するのが礼儀だろう」
「――――。あぁ」
煙草を指に挟み、唇から煙を零したレインが冷笑を浮かべる。
「失礼。ヴァネルバ少将」
「………」
八面玲瓏なレイン・エルは、傲慢なこんな表情でさえも、息を呑むほど美しい。
白軍少将、エンヴィー・ヴァネルバにとって気に食わないのは、レインの性格はもちろん、なにより外観のすべてだった。
幼少期から現在に至るまでずっと褒め称えられてきた、自身の美しさを否定された気分になる。
それは彼女にとって最も屈辱的であるのに、彼の尊大な態度がそれに拍車をかけ、エンヴィーの嫉妬心に火をつけていた。
「統帥がお待ちです。エル総帥」
レインを扉の中へ案内するという役目を果たすため、果敢にも二人の間に入ってきた女性の腕を、エンヴィーが乱暴につかんだ。
「礼儀のなってない女官だね。なに割り込んで…」
背後から現れた男が、エンヴィーが柳眉を寄せるほど強い力で、更にその腕をつかみ上げる。
「ジャン…!」
非難を込めて名前を呼ばれた白い軍服の男が、怪訝な面持ちでエンヴィーを睨んだ。
「みっともない真似するな。通してやれ」
ジャン・ブレイヤ。
白軍の大将の彼は、エンヴィーの上官にあたる。
「入れ」
レインを見下ろしたジャンが、扉に向かって顎先を上げた。
「……」
無言のまま足を踏み出し、扉へ向かっていくレインを凝視していたジャンの隣で、エンヴィーは切るような嘆息を落とすと、胸の前で腕を組み、壁に背を凭れた。
「なに。あんたもレインに気があるの」
呆れたような口調でそう尋ねる彼女を一瞥したジャンは、軍服のポケットからタバコを取り出すと、エンヴィーのすぐ隣に凭れ、やに下がる。
「おまえを庇ったんだ。エンヴィー」
「え?」
ライターから火をうつし、 ジャンが静かに煙を吐き出す。
「気付かなかったか?…あの黒服の護衛。俺があそこで止めていなかったら、おまえのその指、繋がってなかっただろうな」
「なんだ。あたしがあんな、レイン・エルごときの護衛に敗けるってのか」
「……。あまりエル総帥を甘く見ないほうがいい。ヴァネルバ少将」
輪になった煙を見つめながら、ジャンが一笑する。
「強弱のレベルじゃない。レイン・エルは――――脅威だ。彼がその気になりさえすれば、ほんの数時間で人類は絶滅する」
「…そんなの。ただの噂だ」
「シアワセだな、エンヴィー」
「なんだと?」
「大富豪貴族の娘は幸せ者だと言ったんだ」
壁から背を離し、ジャンが続ける。
「黙ってれば美人なんだ。もう少し賢く振舞うんだな」
「っ…なんだと?」
すこし困ったように笑んだジャンは、親しみを込めてエンヴィーの肩をひとつ叩くと、そのままふらりと歩き出し、廊下の奥へと消えて行ってしまった。
鬱々としたまま窓辺に片肘をつくと、再び重い溜息が出てしまった。
レインの黒い軍服にはいくつかデザインがあり、中央に行く日はもっとも形式ばった正装を身につけることにしているのだが、これが窮屈で重くて、余計に暗澹としてくる。
――――鬱陶しい。
どうせ行ったところで、くだらない因縁をフッかけられるか、厭味を言われるかだ。
不当な任務を断りようがない形で押し付けられ、中央幹部の尻拭いをさせられることすらある。
気鬱に窓を睨んでいたレインを、中央幹部(セントラル・ヒエラルキー)、キーファ・ザカライアは、後方から執拗に注視していた。
そのいやらしい視線を断ち切りたいのは山々だったが、声をかけることすら疎ましいレインは、なるべく遠くの端の席を選び、時間が早く経過するのをただひたすら待つことに決めていた。
だが、そんなレインの意向などキーファに感知できるはずがない。
無神経にも歩み寄ってきたキーファは、わざわざレインの正面まで来ると、耳障りな声でこう言った。
「どうしましたエル総帥。ご気分が優れないようだ」
「………」
「色々とお忙しいんでしょう…寝不足ですか」
レインの正面に置かれた、口のつけられていない冷めた紅茶を下げるついでに近づき、その位置からゆっくりと、黒い軍服に視線を這わせる。
鳥肌が立つような嫌忌に堪え、レインは窓を睨んでいる。
「貴方ほどの方だ。きっと…寝る間もないんでしょうね」
「………」
一点を見つめたままのレインの表情は変わらない。
幹部(ヒエラルキー)。
この連中の好き勝手な暴挙には、うんざりしている。
中央に擁護されている特権階級は、ほとんどが大富豪や有力財閥、高位な軍事関係者で占められている。
なんの実力も無いくせに、金と権力だけで威勢がいい。
めでたい連中だ。
「セントラルにも貴方のファンは多い、エル総帥…ぜひ一度、わたしたちの会合に…」
「退(ど)け」
レインに触れようとしたキーファの手は、冷たい刀に遮られていた。
「っ…ひ」
先刻までこの空間にいなかったはずの黒いフードを目深に被った男は、レインとキーファの間に入ると、護るようにレインを背後へ隠した。
「な、っ…なんだ貴様は。わたしを誰だと」
「俺の部下だ」
黒服の男を挟んだ位置から、初めてキーファを正面に捉えると、レインが嬌笑を浮かべた。
「俺は汚いモノが苦手でな。アレルギーなんだ。そういうモノが俺に触れるのを防いでくれる」
「っ……な…」
「レイン、もう着く。コートを」
促され、立ち上がったレインの背中に、黒服の男がコートをかけた。
「部下が失礼を。では、キーファ将校」
顔も向けずにそう言い捨ててレインが出て行くと、影のように寄り添った黒服の男も、煙のように部屋から消えてしまった。
専用機から降り、強い海風に乱された黒髪を片手でかき上げると、正面を向いたまま、レインが背中に声をかけた。
「直樹(なおき)…刃は向けるな。相手が違えば面倒なことになっていた」
黒衣の下で直樹が笑む。
「ごめん。レインに触られんのヤだったもんで、つい」
「中央の内部はあーいう阿呆の巣窟だ。…キれるなよ」
「たぶんね」
「まぁ、止めないけどな。我慢ができないなら仕方がない。好きにしろ…俺が揉み消してやる」
レイン特有の自信に満ちた艶っぽい笑みを向けられると、直樹もつられて表情を緩めてしまう。
――――あぁ、ちくしょう。
なんて可愛いんだ、レイン…。
邪な衝動が沸き上がるものの、あくまで体裁をとり繕う直樹の笑顔は爽やかそのものだ。
均整のとれたしなやかな体躯に、自己流に着崩した軍服を纏った神代(かみしろ)直樹(なおき)は、SNIPER幹部、レイン専属護衛(ガードナー)の1人で、階級は大将(ジェネラル)。
今年17歳になったばかりの高校生、可愛い顔立ちにはまだ幼さが残っているが、挙措に気品があり、水のように閑雅な雰囲気がある。
「なぁ、レイン。終わったらメシ食いに行かない。2人で」
「気が早いな…これからだぞ」
「俺には、中央なんかどうでもいいし。レインのことしかアタマにないよ」
「……。終わったらな」
「っ…マジで。やった」
年相応の笑顔を浮かべ、忌憚なく快哉を上げる直樹を横目に、レインが煙草を銜えた。
指先に灯った焔が先端を焦がす。
海からの強風に煙草の煙は縮れて細くなり、すぐに薄れていく。
滑走路の四囲には軍機を何百と停めることができる巨大なエアポートがあり、さらにその周囲には広大な大西洋が広がっている。
警備兵によるチェックを済ませ滑走路に設えられた転送装置に乗ると、外界からのあらゆる干渉を遮断する、防壁の内側へと飛ばされた。
海に浮かぶ新大陸、エデン。
目の前に広がるのは、楽園の名を象徴したかのような豊かな森だ。
度重なる争いにより絶滅したとされる昆虫、動物、植物などが、浄化されたこの空間の中で生かされ、育まれている。
虹色の蝶がレインの指先に止まろうとしたが、唇から漏れた煙草の煙に押され、ゆるりと離れていった。
エデンに生息している生物は、人間に対する警戒心をもたない。
無菌状態の世界は光彩陸離だったが、レインはこの不自然な空間に嫌悪を抱いていた。
「蝶とレイン、って絵になると思うけど。…きらいなの?」
煙草の煙で虫除けをしているようなレインの様子に気付いた直樹が、片手に青い蝶を乗せながら首を傾げる。
「ルーミスシジミ。綺麗じゃない?」
「……。見た目はな」
近づいてきた別の蝶にレインが煙草の煙を吹きつけると、くるくると回転し、そのまま地面に落ちてしまった。
「ここにあるものは全て、外の世界では生きていけないものだ。…エデンの生物はこの囲いの中でしか生きられない。人の作り出した楽園など、ただのエゴだ」
「……。絵になるのにな」
森の中心には、はるか天空にまで伸びた円筒状の建物がある。
しばらく進んだ場所に小さなエントランスが見え、そこに立っていた白い制服姿の女性たちが事務的な笑顔で歩み寄ってきた。
「お待ちしておりました。レイン・エル総帥」
「どうぞこちらへ。統帥(ドゥーチェ)の元へご案内いたします」
女性たちに促され、、エデンの内部へと足を踏み入れる。
転送装置で一気に上階まで上り、巨大な一枚扉の前に立ったところで直樹の姿は消え、それと同時に現れた別の気配に気付いたレインは、嘆息と共に足を止めていた。
中央政府正規軍、「白軍(イノセンス)」の白い軍服に身を包んだ長身の女性が、臙脂の絨毯が敷かれた廊下に立っていた。
陰湿な笑みをちらつかせながら、ゆっくりとレインに歩み寄ってくる。
「おや。誰かと思ったらスナイパーの」
「……」
いかにも億劫だと言いたげな所作で顔を上げたレインを女は睨みつけ、忌々しそうに髪をかき上げる。
「あたしの方が格上。おまえから挨拶するのが礼儀だろう」
「――――。あぁ」
煙草を指に挟み、唇から煙を零したレインが冷笑を浮かべる。
「失礼。ヴァネルバ少将」
「………」
八面玲瓏なレイン・エルは、傲慢なこんな表情でさえも、息を呑むほど美しい。
白軍少将、エンヴィー・ヴァネルバにとって気に食わないのは、レインの性格はもちろん、なにより外観のすべてだった。
幼少期から現在に至るまでずっと褒め称えられてきた、自身の美しさを否定された気分になる。
それは彼女にとって最も屈辱的であるのに、彼の尊大な態度がそれに拍車をかけ、エンヴィーの嫉妬心に火をつけていた。
「統帥がお待ちです。エル総帥」
レインを扉の中へ案内するという役目を果たすため、果敢にも二人の間に入ってきた女性の腕を、エンヴィーが乱暴につかんだ。
「礼儀のなってない女官だね。なに割り込んで…」
背後から現れた男が、エンヴィーが柳眉を寄せるほど強い力で、更にその腕をつかみ上げる。
「ジャン…!」
非難を込めて名前を呼ばれた白い軍服の男が、怪訝な面持ちでエンヴィーを睨んだ。
「みっともない真似するな。通してやれ」
ジャン・ブレイヤ。
白軍の大将の彼は、エンヴィーの上官にあたる。
「入れ」
レインを見下ろしたジャンが、扉に向かって顎先を上げた。
「……」
無言のまま足を踏み出し、扉へ向かっていくレインを凝視していたジャンの隣で、エンヴィーは切るような嘆息を落とすと、胸の前で腕を組み、壁に背を凭れた。
「なに。あんたもレインに気があるの」
呆れたような口調でそう尋ねる彼女を一瞥したジャンは、軍服のポケットからタバコを取り出すと、エンヴィーのすぐ隣に凭れ、やに下がる。
「おまえを庇ったんだ。エンヴィー」
「え?」
ライターから火をうつし、 ジャンが静かに煙を吐き出す。
「気付かなかったか?…あの黒服の護衛。俺があそこで止めていなかったら、おまえのその指、繋がってなかっただろうな」
「なんだ。あたしがあんな、レイン・エルごときの護衛に敗けるってのか」
「……。あまりエル総帥を甘く見ないほうがいい。ヴァネルバ少将」
輪になった煙を見つめながら、ジャンが一笑する。
「強弱のレベルじゃない。レイン・エルは――――脅威だ。彼がその気になりさえすれば、ほんの数時間で人類は絶滅する」
「…そんなの。ただの噂だ」
「シアワセだな、エンヴィー」
「なんだと?」
「大富豪貴族の娘は幸せ者だと言ったんだ」
壁から背を離し、ジャンが続ける。
「黙ってれば美人なんだ。もう少し賢く振舞うんだな」
「っ…なんだと?」
すこし困ったように笑んだジャンは、親しみを込めてエンヴィーの肩をひとつ叩くと、そのままふらりと歩き出し、廊下の奥へと消えて行ってしまった。
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