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SCENE SECTION

01.痛み / 02.潜入 / 03.ジャッジ / 04.焔魔 / 05.偽りの理由 / 06.遺恨 / 07.欠陥 / 08.恋人






この世で成功するには、力ずくで、死ぬまで剣を腕より離さないことだ
――――ヴォルテール






モスクワ南東にあるジュコフスキー空軍基地は、2個軍と直轄部隊から成るモスクワ軍管区内にあり、最新航空機の試験場でもある。

北大西洋の中立地帯、セントラルを発って一時間弱。
空軍基地に降り立ったレインと直樹を待っていたのは、一台のエラントラだった。

特殊加工を施されたクロスシートに座っていた人物とレインが車内で会話すること、ほんの五分程度。

超音速ジェット機MIG-25(フォックスバット)に群がる観光客を遠目に眺めていた直樹の方へレインが戻ってくると、車は方向転換をし、観光客たちのすぐ横をすり抜けて行った。

振動した携帯を片手に取り、英語で通話に応じながら、レインが髪を乱し上げた。
通話の相手は幸いかな、その表情を窺い知らぬだろうが、彼の苛立ちは恐らくマックスに達しているだろうことを、直樹は確信していた。

「It's all right. My business won't take long.…That's fine. I'll be there. See you then.」
(結構ですよ、こちらの用はすぐに済みます…ええ、勿論。伺います。ではその時に)

通話を終えるや否や、無情にも放り投げられてしまったレインの携帯を両手でキャッチした直樹が、彼には解らない程度に軽く肩を竦める。

レインは胸中が外に滲み出るタイプだ。
表情もそうだが、彼の纏う空気そのものが変わる。
他人の前ではそれを上手に隠してはいるものの、幹部やブラッドの前ではとことん「不機嫌!!」を表出することがある。

エデンで李聯と顔を合わせて以来、レインのテンションは一気に底辺まで落ち、それきり浮上する気配はなかった。

――――顔見ただけでこれとは。
ほんとわかりやすい…。

少し離れた場所で軍機に背を凭れていた直樹は、レインが朔風に小さく身を震わせたのに気付くと、彼のコートを手に歩み寄った。

9月半ばのロシアは、コートを羽織るほど気温自体は低くない。
とはいえ今日は風が強い。
北風が肌を切るようで…肩にコートをかけてやると、レインはようやく顔を上げ、ぎこちない微笑を直樹に向けた。

「……。悪いな」
「ん?」

瞳を逸らしたレインは俯き、視線を落としたまま言う。

「昼…食べ損ねただろう。FSBの知り合いから急な連絡が入って…」
「いいよ。解ってる」

近すぎず遠すぎない、彼にとって心地いいだろう距離をキープしたまま、直樹が微笑む。

「レインが動きやすいようにするのが俺たちの仕事だから」
「……」
「例の女幹部とは連絡取れた?」
「…。まぁな」
「そっか。ジラ元帥がついててくれるなら、とりあえず安心だね」
「……」

再び嘆息したレインが、軽く首を振った。
それはごく自然に発露した感情による仕草であって、否定の意味を込めたものではない。

「アムシェル・ビギンズとブラッドは、アララト・パーク・ハイアットにいる。…が」

白い指先に灯った火が、銜えた煙草の先端を焼く。

「今日は2人にしてほしい。…そう言われた」
「……。え?」

煙草の煙は溜息のようにレインの唇から零れ、風に薄れていく。
紫煙を追う彼の瞳は漫然としていて、心ここにあらずなのが傍目にも解る。

「昔の恋人なんだそうだ」

レインの呟きを呑み込みきれず、直樹は首を傾げる。

「誰が?」

そう質した直樹を苦々しそうに一瞥し、より凄みをプラスしたハスキーな低音で短く返す。

「……。ブラッドが」
「誰の」

「――――ミス・アムシェル・ビギンズ」

「……」

その名を口にしたレインが完全に不貞腐れていることを目視してしまった直樹は、内心の往生を悟られまいとゆっくりと視線を逸らし、瞬時に何食わぬ風を装っていた。

相手の機微に敏い、直樹らしい咄嗟の機転だったが、世界を丸焼きにしてしまいそうな今のレインを冷却できるだけの技術までは、さすがに持ち合わせていない。

「そんな悠長な時間はないと言ったら、そうしてくれたら情報は全て渡すと…彼女に言われた」

妙に淡々とした口調が余計に恐ろしい。
視界の端にレインを認めながらも、あくまで視線を合わせないまま、直樹はとりあえず相槌を打った。

「……。そっか」

「……」

強い風に乱された黒髪を鬱陶しそうにかき上げたレインは、短く息を吐いてから顔を上げ、屹然と空を睨む。

不動に徹していた直樹が予想していたよりずっと早く、その横顔は仕事モードに切り替わった。

「FSB指導部次官に情報を付け足してもらった。国内でのSNIPERの行動も、ある程度までなら黙許される。あとはアムシェルの持つ詳細な情報がほしい。なんとしてもREDSHEEPより…中央より先にアルフレッドを見つけて、保護する」

レインの言葉の端々に只ならぬ執心を感じ、直樹は眉根を寄せていた。



レインが苛立ってるのは、GUARDIAN総帥やウチの元帥のせいだけじゃ…ないのかも。
そういえば、電話でアルフレッド逃亡の報告を受けてから、余計緊張感が増したような…。

――――……。
なんかヤな予感。



「アルフレッド・シフってのは、そんなに重要な男なの」
「……。そうだ」

等閑に頷き、細い指の間に煙草を挟むと、咥えがてら、唇に指を滑らせる。
唇に触れるのは、思考に耽(ふけ)るときのレインの癖だ。



中央政府の面々。
白服の男たち、白軍幹部(イノセンス・ヒエラルキー)。
シド・レヴェリッジと――――李聯(リー・ルエン)。


連中が握ってるのは世界と、人間と、全ての権利。
あらゆる過去と、未来への可能性。
――――俺の全てだ。



「アルフレッド・シフは、フランス・フェデルタの重鎮でレヴェリッジの代行人。あの男はシド・レヴェリッジの最も傍にいた」

「そんなヤツが、なんで今になってREDSHEEPを裏切ったの?」


「……。さぁな」


らしくない返答。
違和感を感じたものの表情には出さずに、直樹は話題を切り替える。

「アルフレッドの逃亡には、この国の反中央(テロ)組織が関係している可能性が高いってことだね」

今日のレインは、やはりいつもと違う。

それはごく微妙な変化で、恐らく幹部でも気付かない者がいる程度の些細なものだったが、眼前に集中しきれていないようにも見えるレインが直樹にはどうも案じられ、気を張ってしまう。

こういう時の彼がとんでもない無茶をしかねないということは、経験上よく心得ている。

「アルフレッドからの通信はすべてFSBに傍受させていた。逃亡に関与しているのはやはりGANZだ」

いつもの口調。
彼らしい強気な表情で笑んだレインは、SNIPER総帥としての外貌をしている。

「中将と少将が侵入(はい)ってるとこだね。まぁ、あの2人なら問題ないんじゃない」

「……」

片時の沈黙を挟み、意を決したように顔を上げると、レインは足を踏み出した。

「アムシェルに会って、そのあとGANZへ。2人と合流する。――――行くぞ」






次々と襲い掛かってくるコンクリートの刃を、等間隔でイヴァが躱す。

地の能力者(アース・マスター)。
藤間一哉にとって、地属性の全ては手足に等しい。
変形した地表は先鋭な凶器となり、灰色の刃と化す。

荒々しい奔流のような一哉の攻勢は、柔軟なイヴァにとって最もいなし(・・・)やすいスタイルだ。
敢えて距離はとらず、全ての攻撃を至近距離で躱しながら、イヴァは徐々に後退していく。

「逃げてばっかだな。口先だけか?ニワトリ頭」

そう言い捨て、一哉は自ら身を躍らせ追撃をかける。
大胆にも正面から距離を詰めてくる一哉を視界に捉え、口角を吊り上げたイヴァは、腰を落とし踵に重心を乗せると、楽しげな声を漏らした。

「単純に経験が足りねぇのか、それとも――――補うだけのモンがあんのか?」

前に屈んだように見えたイヴァの姿が、一哉の視界から消えた。

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