――――相性マイナス2000な彼等の関係。

Lastruggle番外編


2010/5/4のコミティアにて、新刊として出しました配布本に載せた、番外編です。
その本に収録されていました「ナイプ的占い」というcomicで、
相性がマイナス2000と占断されたブラッドと直樹、
そんな彼等のある日のお話です。






和歌山県、那智勝浦。

紀伊勝浦駅より険しい山岳を越え、3時間ほど歩いた場所に、切り立つような巨大岩が周囲を覆う小さな村がある。

質素で閑散としたその村の中央には、朱塗りの神社が建っている。

――寝殿造を思わせる荘厳な邸宅。
――黒漆太刀と朱の漆絵陣刀(うるしえじんとう)。
――弊履(へいり)の如く自分を見つめる兄達の眼差し、そして…
――厳格な両親。

脳裏に映る過去の情景と暫し向かい合い、直樹は静かに吐息を零し、そして目を開けた。

午前4時。
東雲(しののめ)の微光すら射さぬ未明、窓の外は夜陰の静寂に包まれている。

懐郷の念に駆られ、感慨に耽(ふけ)っていた訳では無い。
回顧すればそこには、いつも痛みだけがある…
失笑し、直樹はベッドから起き上がる。

「……」

シャツに腕を通し、ジーンズを引っ掛け、いつものようにトレーニングルームへ向かう。

ミネラルウォーターを流し込みながら薄暗い廊下を進む直樹の右手には、黒刀「昏蛇羅(くだら)」が握られていた。

今日は土曜日だ。
――「あいつ」がいる。

ゲートにIDを通し、扉を開けると、幹部専用の広大なトレーニングルームの照明は既に点いており、予想通り、1人の男が武舞台付近でプレスをしていた。

「おはよ、元帥」

ほぼ棒読みながら一応挨拶をした直樹に顔を向け、彼…ブラッドが笑む。

「おはよう。昨日は遅かったみたいだな。よく眠れたか?」

「……」

ペットボトルをベンチに置き、シャツの袖を捲り上げながら、直樹はブラッドから見えない位置で、小さく溜息をついた。

――義理固いヤツ。

ブラッドがこんな朝まだきの時刻にトレーニングルームにいるのには、理由があった。

週に1度、レインの目が届かない所で、直樹と対戦する為だ。

「あんたも変わってるよな」

軽く足首を回して腱を伸ばしながらそう言い、直樹はブラッドを見遣る。

「ん?」

バーベルを置いたブラッドが直樹に顔を向けた。

汗で濡れたTシャツ越しに、隆起した筋肉が見て取れる――逞しいブラッドの身体に視線を這わせ、直樹は忌々しそうに口を開く。

「あんな口約束、なんで守ってんの」

「……」

ブラッドは口辺に笑みを浮かべ、徐(おもむろ)に言う。

「習慣になっちまったのかもな。それに…結構好きなんだ。この時間」

「……」

「アップしたら声かけてくれ。飲み物買ってくる」

そう言ってゲートから出て行ったブラッドの背中を見送ってから、直樹はようやく、片手に握っていた刀をベンチに置いた。

――あいつは、いつもそうだ。
いつだって…何もかも知ったように相手を気遣って、先を見越した言動をする。

こうして何気なく1人にしてくれるのも、彼の気遣いのひとつだということを、直樹は知っていた。

いつも先にアップを済ませ、直樹が一通り準備を終えた頃――30分後くらいに、フラリと戻ってくる。

「……。なにが習慣だ」

土曜もオフではないブラッドにとって、早暁(そうぎょう)の無意味な対戦など、疲れた体を酷使するだけで、本当は迷惑以外の何でもないだろう…直樹はそう思っている。

きっと毎週、レインに気付かれないようベッドを抜け出し、彼が目覚める午前6時までには部屋に戻って、何事も無かったようにレインの隣に戻っているのだろう。

そもそも、こんな事になったのは…。

「……」

過去を想起し、直樹は顔を曇らせる。

SNIPER参入当時、直樹はブラッドに宣戦布告をし、元帥の座を奪うべく勝負を挑んだ。
自分以外の誰かがレインの右腕として立っている事が許せなかった。

冷え切った直樹の心に触れ、憐憫の情を見せるでもなく、ただ温かく迎え入れてくれたレインは、直樹にとって何よりも特別な存在だったからだ――それは今でも変わらない。

だが、直樹の想いはブラッドにあっさりと阻まれた。

勝敗こそ僅差だったものの、両者の経験値の差は歴然だった。
実力が如何に均衡していようとも、ブラッドは自身の力を最大限に活かす能力に長けていた。

二人の対戦を傍観していたレインは、最後まで微動だにしなかった。
ブラッドが直樹の攻撃を喰らっても目を背けず、ただ静かに待っていた。

――ジラ元帥が勝つのを。

直樹はそう感じていた。

「……」

一通りウォーミングアップを終え、直樹は柱に光るデジタル時計を見上げた。

午前4時30分。

見計らったように戻ってきたブラッドに背を向けたまま、直樹が言った。

「あんたのそういうトコ、嫌い」

武舞台に上がったブラッドが髪を乱し上げた。

「……。戦(ヤ)ろうぜ?」

直樹の背中を見据え、口角を上げる。

「『あんたに勝つまで諦めない。だから相手をしろ』…そう言ったのはお前だ、神代」

「……」

依然背を向けたままの直樹だが、その両手には黒と朱の二刀をしっかりと握っている。

静寂の中に、両者の殺気が入り混じる。

他の幹部達やレインがいる時には見せない互いの本音は、その中にこそ詰まっていると、直樹はこの瞬間に、いつも再認識する。

――相手を敵視してるのは、俺だけじゃない。
――お互いに、だ。

「そう言われて律儀に毎週顔を出してくれるのは、義務感ってヤツ?それとも、偽善者ぶってるだけ?…どっちにしたって気分悪い。別に契約書交わした訳じゃないんだ。無理して来なくたっていいのに」

「……。無理なんかしてないぜ」

「二人でいる時くらい本音で話したらどう?…元帥」

後方に向き直った直樹が、毅然たる態度で武舞台に上がった。
立ち居が美しい彼は一挙一動に無駄が無く、常に凛とした高潔さを漂わせている。

「あんたと俺って、ホント…吐き気がするほど合わない。…そう思うだろ?」

ブラッドが苦笑する。

「どうだろうな」

「そうやって本音で話さないとことか。…嫌い」

二刀を正面に構えた直樹が地面を蹴った。

真っ直ぐに胸を突かんとするそれらを紙一重で躱し、刃先に指を滑らせたブラッドは、物打(ものうち)を打擲(ちょうちゃく)し上身(かみ)を揺らして刀の勢いを削ぎ、照準をずらすと同時に、直樹の胸元へと踏み込んだ。

「…っ!」

初速から数秒で、時速にして140キロにも達するという驚異的なスピードで距離を詰め、相手に強烈な一撃を浴びせて早々に勝負をつけるのは、ブラッドの常套手段だ。

彼の動きは人の目で追える限界を超えている――まして、能力者の特性を持たない常人である直樹は、通常のヒトと同じ程度の五感しか持っていない。

だがそれ故に、五感的な認識に限りなく近い「勘」とも言える「第六感」なる部分を、彼は練磨している。

ブラッドの行動を予測した直樹は漆黒の刀を正面に立て、その身幅(みはば)で危なげなく彼の打撃を防いだ。

「『対戦中にレインの目が気になるのは、レインの前じゃあんたを殺せないからだ』…そう言ったな」

ブラッドは淡々としたバリトンでそう呟くと、不意に口角を吊り上げた。

「…え」

レインの名を耳にし、僅かに気を緩ませた直樹の後頭部を掴んだブラッドが、荒々しく直樹を引き寄せた。

「!?」

唇が触れ合う寸前、互いの息を感じるくらいの至近距離で向かい合い、直樹の細腰にもう片手を回すと、そのまま体重を乗せ、一気に武舞台に押し倒し、両腕を掴み上げる。

ほんの一瞬、身じろぐ暇(いとま)すら与えられずにマウントを取られた直樹は、ただ茫然とブラッドを見上げる事しか出来ない。

「本音を言わないのは俺か?…違うだろ…神代」

「っ…なに、言って…」

「レインは俺の勝利を確信してる…おまえはただ、その視線に耐えられないだけだ」

「!」

図星を指され、返答に窮した直樹を見下ろすブラッドの双眸には、剣呑(けんのん)な嗜虐性が滲み出している。

「なぁ、神代…朝っぱらから煽るのはやめてくれないか。…俺はこの時間帯、妙に…気が立つんだ…」

直樹の耳元でそう呟いたブラッドは、細い首筋にキスをすると、鎖骨の上を唇で軽く啄むようにしてなぞり、その跡(あと)を辿って、ゆっくりと舌を這わせる。

「っ…!っ…!?」

「知ってるだろ?遺伝子混合種(ハイブリッド)の特徴ってヤツ…オスの意識っつーのかな、生殖本能って言うのか?そーいうの強いんだよ、俺。自分の理性だけじゃ抑え切れないんだ…特に、こーいう状況は…タマんない」

「…ッ!…ッふざけんなっ!」

ブラッドに掴まれた直樹の両手、その掌から苦無(くない)が出現した。

「そういう、不誠実で軽薄なとこが…ッ無神経なとこが大ッ嫌いなんだよっ!」

顔面めがけて炸裂した大量の苦無に後退を余儀なくされたブラッドは、直樹から身を離しそれらを躱すと、きまり悪そうに髪を乱し上げ、苦笑まじりに弁解した。

「え〜と。…冗談だ。な?怒るなよ」

「嘘吐けっ!今の、絶対レインに言ってやるからなっ!」

「へぇ。じゃ、口止めしないとな…、って。またそういう展開になっちゃうだろーが。煽るなってば」

「…ッ。本気(マジ)で殺す…!」





この二人の相性はやはり、マイナス2000なのでした…。










     

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