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SCENE SECTION

01.始動 / 02.対面 / 03.策略 / 04.死闘 / 05.断罪 / 06.終結


「違うだろ。いくら何でも…」

まじまじと怪物を見つめながら、ブラッドが苦笑する。

「遺伝子ドーピングでもこうはならないぜ…改変手術でも受けたってのか?」

一哉には納得のいく事態であっても、ブラッドと沙羅には説明のしようがない。

とりあえず話を逸らすことにした一哉は、至って真率(しんそつ)な態度を装うと、現状は一刻を争うとばかりに話題を切り替える。

「とにかく今は、レインの事が先だ」

あくまでレインを心配する素振りを決め込み、ノーマンに語りかける。

「あいつに使ったウィルスには、ワクチンがあるんだろ? あんたがあのウィルスを切り札として持っていたなら、万が一の事態に備えて、何らかの解決法を用意しているはずだ」

――断言できる。
――あのウィルスには、必ず抗原がある。

そう思い、一哉はその視線にわざと温情を含ませて、ノーマンの答えを促す。

――バベルはREDSHEEPの深部を知る機関だ。
――そこの重鎮であるノーマンなら、己の愚行に与えられるだろう、酸鼻(さんび)極まる制裁を熟知しているはずだ。

「そうだ。わ、私が死ねば…bQ7735は永久にあのままだぞ」 

意趣(いしゅ)返しとばかりにブラッドを睨みつけたノーマンが、口端を引きつらせて笑い猛った。

「手を離したまえ、ブラッド・ジラ君…bQ7735…レイン・エルが狂ってしまっては、困るんだろう?」

「……」

――こんな男が…。

ブラッドはつくづく胸が悪くなり、ノーマンを足元へ投げ捨てると、慨嘆(がいたん)に堪えない様子で顔を背けた。

――レインは、14年間もこんなヤツに…

ブラッドにとっては、自分の過去より、未だレインを苛む心傷の方が辛い。

過去の記憶など、レインには戻らない方がいい――心の底にある本音では、そう思っている。

――あいつが何者だろうと、俺の気持ちは変わらない。
――レインが真実に近づくたび…不安で仕方なくなる。
――あいつが、壊れてしまう気がして。

押し黙るブラッドの様子を気にかけた沙羅は、ノーマンから視線を逸らしている。

一哉は、今がチャンスとばかりにノーマンの前に立ちはだかると、表情を一変させ、シニカルな笑みをちらつかせながら、意味深な口ぶりで囁く。

「マシウスとかいうヤツもだ。あいつの消去とレインの治療。それが出来るなら…」

語尾に含みをもたせ、暗に救いの手を差し伸べる。
それが虚偽であり、悪魔の誘惑である事に、ノーマンは気付かない。

聯(ルエン)のお気に入りである一哉が今回の件を取り成してくれるなら、命だけは助かるかもしれない。

そんなまやかしの希望に焚きつけられた彼は、藁(わら)をも掴む思いで救済を乞い願った。

「わ、解った。…bQ7735はお前達に返す。マシウスはあれに関するプロジェクトの一環だ。全てのプロジェクトは消去できる」

人生を懸けてきた研究対象であるレインを失う事は、ノーマンにとって死ぬ事と同義だ。
だが、ここで諦めては全てが水泡に帰してしまう。

研究はまだまだ未完成だ。こんなところで終わらせる訳にはいかない…ノーマンはそう考えていた。

――あの少女…樹沙羅。
――光を宿すあの少女の事を、私はまだ何も知らない。

折れかけていた博士の探究心は、沙羅の力を目の当たりにした事で、より一層強くなっていた。

「ラウレスとアリが心配だ」

地上への出口を探そうとシェルター内を一眸(いちぼう)しながら、ブラッドが言った。
一哉は頷くと、ノーマンの腕を引いて立ち上がらせる。

「んじゃ、さっさと帰ろーぜ…道案内よろしく」



遥か上空――。
地上の雨は、更に激しくなっていた。







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