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SCENE SECTION

01.始動 / 02.対面 / 03.策略 / 04.死闘 / 05.断罪 / 06.終結


「あれだけ深い精神汚染を受けて、それを無理やり解いたんだ。精神のどこに損傷を受けたか…正直解らない。レインは暫く、戦闘には出したくない」

「そうか…」

未だ昏睡状態のレインを見つめ、聯は憂色を濃くした。

自尊心と警戒心が並外れて強い為、人前では絶対に無防備な姿を晒さないはずのレインが、今は辺幅(へんぷく)を飾ることも出来ずに、ブラッドの腕に抱かれ、眠っている。

聯は静かに息を吐き、胸中で呟く。

――もしもこれで、レインに異常が残ったら…
――殺すだけでは済まされない。

「一度、GUARDIANの軍機に戻ろう。沙羅と一哉専用の、新人類にも処置を施せる医療チームを乗せてある。彼を回復する手助けが出来るかもしれない」

予期せぬ提案に当惑し、返答に詰まったブラッドの心意を察して、聯が付言する。

「こんな事を言うのは心苦しいが…ブラッド。まだ任務(ミッション)は完了していないよ。事態が少し変わったんだ。移動を兼ねて状況の確認をしたい。一緒に来てくれるね?…大丈夫。レインの身体や精神に傷をつけるような事は、私がさせない」

ブラッドの肩に片手を置いた一哉が、もう片手の親指を立てた。

「ウチの医療チームはかなり信用できるぜ。何たって、新人類(俺達)専用だからな。それに…」

顎先でレインを指し示す。

「こんな中途半端なとこでSNIPER(ナイプ)に帰ったら、後でそいつにドヤされるぜ。聯に借りを作った、ってな。お前のボス、超がつく完璧主義者(パーフェクショニスト)だろ」

「……」

正鵠(せいこく)を射られたブラッドは微苦笑し、複雑な面相で一哉を見遣った。

一哉という少年は、率直かつ的確な言葉で人心を掴み、相手を思惑通りに動かすのが実に上手い。
ブラッドはそう思い知らされながらも、どうするべきか思案をめぐらせる。

確かにレインは仕事に関して完璧主義だし、聯を嫌悪している。
聯にだけは死んでも借りを作りたくないと考えるはずで、顧慮(こりょ)の末に任務半ばで帰還した、という結末は、断じて望まないだろう。

それは、ブラッドにも解っていた。

――とはいえ…。
――よりにもよって、李の指示を受けた医療チームにレインを診せるなんて…。

ブラッドにとってそれは、レインをノーマンに渡すのと同じくらい不安な事だった。

進退谷(きわ)まり決断に窮したブラッドの腕を、沙羅が掴んだ。

「その方がいいよ。あたしも心配だし。目が覚めるまで、ちゃんとした医療チームに預けた方がいい。大丈夫、あたしも傍にいるから。…ね?」

「沙羅ちゃん…」

無垢な沙羅の笑顔。
それが、ブラッドの心をふんわりと軽くした。

――不思議な子だ。
――この子には…何か、特別な力がある。

心を決め、一つ頷いたブラッドが、聯を正視した。

「いい部下を持ってるな、李総帥」

エントランスに向かって歩き出したブラッドの背中を、沙羅が追う。
彼女を脇に見ながら、ブラッドは一人黙考していた。

――この子は…李の思想とは、真逆の人間だ。
――沙羅ちゃんの放つ力は聖を思わせる。

無明の闇を照らす光。
彼女の力は清らかな威光であり、彼女自身と同じ性質のものだと、ブラッドは感じていた。

――破壊(ルシファー)の異名を持つレインとは…真逆の力。
――レインの能力は…生を肯定するものじゃない。

人が持つにはあまりにも強大すぎる闇の力に呑まれてしまえば、あいつは破壊の権化と化す…先刻(さっき)のように。

昏(くら)い闇に囚われ、大切な誰かを自分の手で傷つけてしまう可能性を懼(おそ)れ、レインは常に、自分自身に脅えている。

闇の力を渇望し、忍び寄ってくるREDSHEEPの思想を――李聯を嫌悪している。

自分が災厄そのものだと、あいつは思い込んでいる。

そして、自分の中に在る闇を消し去る事の出来る、強く清廉な聖の光を希求し、渇望している。

レインが求めている光が沙羅ちゃんだとしたら、李は、レインの救いとなるかもしれない唯一の存在を握っている事になる…。

ブラッドは本能的に、李聯の危険性に気づいていた。

――多くの人間がレインを利用しようと近づく中でも、あの男は…李聯は別格だ。

李は他の多くの人間のように、強大な力を得るという目的でレインに執心している訳じゃない。
真意は掴めないが、もっと禍々しい…狂気に満ちた願望を持ってる。
ブラッドはそう思っていた。

ブラッドの胸中には常に、聯に対する言い知れぬ惧(おそ)れがあった。







白い翼と双剣のエンブレムが機体に描かれたガーディアンの軍機が、紅龍を象ったエンブレムを機体に描いたスナイパーの軍機に並列し、停泊している。

一陣の清風が吹き寄せた。
澄んだ空気が沙羅の身体を包み、上空へ昇って行く。

誘われるように、沙羅は空を見上げた。

落陽に染められた赤い空。
月が小夜を連れ、その姿を現すまでに見える美しい薄暮。

悠久の間繰り返されてきた光と闇の交代が、彼等の頭上で、今日も変わらずに行われようとしていた。


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