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SCENE SECTION
01.始動 / 02.対面 / 03.策略 / 04.死闘 / 05.断罪 / 06.終結
扉から顔を覗かせたのは異形の生物だった。
貌の半分を占める瞳は黒く濁った紅の虹彩しか持たず、瞳孔が無い。
長い両腕を地面に引き摺るそれには鼻と口が見当たらず、浅黒い肌からは刺状の突起が無数に突き出していた。
人としてのベースをかろうじて保ってはいるが、人と呼称する事は憚られる。
2メートルほどの身体をうねらせ、不気味に煽動(せんどう)しながら前進してくる。
その隣にいるものは、人のベースすら失っていた。
歪(いびつ)な胴体らしきものを蠢動(しゅんどう)させ地面を這う、頭のない紫色の物体。
四肢にあたる部位は異常に長く、縄状に四方へ伸びている。
沙羅は慟哭の声を上げることすら忘れ、放心したかのようにその二つを凝視していた。
――あれが…FIXER。
悪夢さながらの光景は、まるで三流のオカルト映画のようで、およそ現実感を帯びない。
幻でも見せられているのかと、沙羅は己の視覚を疑うが、視界に映るモノの気配は、殺意と共に確かにそこに在る。
「な、なんだ…あいつら」
沙羅を抱く腕に力を込める一哉もまた、驚愕に目を見開いていた。
百戦錬磨の彼ですら、ああいう手合いは初めてらしい。
二つの物体の常識離れした外見に本能は慄き、否応なしに襲い来る恐怖は震えに変わる。
「こりゃまた、エグいのに当たったな」
大袈裟に肩を竦めてやに下がる ブラッドの声は、至って呑気だ。
沙羅は、フィクサーから放たれる臭気、細胞が腐敗したような強烈な異臭に空嘔(からえずき)を起こしかけ、片手で口元を覆うと、か細い声で言う。
「ぜ…全然動揺してないね、ブラッド。むしろ嬉しそう」
沙羅ほど浮足立ってはいないが、一哉もやはり、生物として当然の拒絶反応は発露してしまう。
顔を顰め、嘆息混じりに吐き捨てる。
「ああいうのを見て喜ぶようになったら、ある意味おしまいだと思うぞ…俺は」
二つのものが同時に蠕動(ぜんどう)した。
紅(あか)い一つが、沙羅の視界から忽然と姿を消す。
「…!?」
目を見張る沙羅の斜め上空にそれが出現し、防壁越しに彼女を見据える――フィクサーの巨大な瞳は禍々しい醜悪さで沙羅を凍りつかせたが、彼女が悲鳴を上げるより早く、それは地面へ叩きつけられていた。
紅の一体が動いたと同時に跳躍していたブラッドが、背後から蹴り落としたのだ。
ブラッドの攻撃を受け、フィクサーは、地面にめり込んだ頭らしきものをグニャリと捻らせる。
浅黒く硬質に思えたその身体は、どうやら伸縮自在らしい。
沙羅は一哉の防護服を掴む手に力を込め、声を上擦らせる。
「ゆ、歪んだ…ッ!?」
紅いフィクサーは、ダメージを負った部分をゼリー状に変化させて再生し、棘の隆起した浅黒い表皮で再び身体を覆う。
不完全でありながらも自己回復能力を兼ね備えているらしいが、その様はただ悍(おぞ)ましい。
紫のフィクサーがブラッドに向かって跳躍したと同時に、紅い方もまた蠢き、姿を消した。
――疾(はや)い…!
沙羅は息を呑む。
紫の一体の気配はかろうじて追えるが、彼女は、紅いもう一体の気配を捉える事は出来なかった。
だが、襲い来るフィクサーを迎撃すべく踏み込んだブラッドは、二体の動きを把握しているらしい。
機先を制したブラッドの攻撃に圧され、フィクサー二体は為す術なく後退し、ダメージを負った紫の一体が、白い体液を撒き散らした。
一方、紅いフィクサーは衝撃を受ける度に柔らかく身体をへこませ、それを吸収している。
「疾いな…」
一哉の独言に首肯した沙羅は、漠然と正面を見つめながら述懐する。
「あの中にいたら、あたし…動けない」
お手上げ状態の沙羅とは違い、一哉は戦闘を繰り広げる三つの影を見定めていた。
だが、もしも参戦していれば、窮地に追いやられるのは必至だ―― 一哉はそう思う。
目で追える事は、動ける事とイコールではない。
ブラッドと自分との実力差が肺腑(はいふ)に沁み、静かに切歯(せっし)する。
嫉妬すら覚え、拳を握りしめながらも、一哉はあくまで冷静を装い、まるで小動物のように小刻みに震えている沙羅に優しく語りかける。
「沙羅はまだ実戦経験が少ないから、無理もねぇよ。…大丈夫だ、沙羅があいつらと直接戦(ヤ)り合うことはない」
空高く身を躍らせたブラッドが、二体のフィクサーを地面へ叩きつけた。
扉から顔を覗かせたのは異形の生物だった。
貌の半分を占める瞳は黒く濁った紅の虹彩しか持たず、瞳孔が無い。
長い両腕を地面に引き摺るそれには鼻と口が見当たらず、浅黒い肌からは刺状の突起が無数に突き出していた。
人としてのベースをかろうじて保ってはいるが、人と呼称する事は憚られる。
2メートルほどの身体をうねらせ、不気味に煽動(せんどう)しながら前進してくる。
その隣にいるものは、人のベースすら失っていた。
歪(いびつ)な胴体らしきものを蠢動(しゅんどう)させ地面を這う、頭のない紫色の物体。
四肢にあたる部位は異常に長く、縄状に四方へ伸びている。
沙羅は慟哭の声を上げることすら忘れ、放心したかのようにその二つを凝視していた。
――あれが…FIXER。
悪夢さながらの光景は、まるで三流のオカルト映画のようで、およそ現実感を帯びない。
幻でも見せられているのかと、沙羅は己の視覚を疑うが、視界に映るモノの気配は、殺意と共に確かにそこに在る。
「な、なんだ…あいつら」
沙羅を抱く腕に力を込める一哉もまた、驚愕に目を見開いていた。
百戦錬磨の彼ですら、ああいう手合いは初めてらしい。
二つの物体の常識離れした外見に本能は慄き、否応なしに襲い来る恐怖は震えに変わる。
「こりゃまた、エグいのに当たったな」
大袈裟に肩を竦めて
沙羅は、フィクサーから放たれる臭気、細胞が腐敗したような強烈な異臭に空嘔(からえずき)を起こしかけ、片手で口元を覆うと、か細い声で言う。
「ぜ…全然動揺してないね、ブラッド。むしろ嬉しそう」
沙羅ほど浮足立ってはいないが、一哉もやはり、生物として当然の拒絶反応は発露してしまう。
顔を顰め、嘆息混じりに吐き捨てる。
「ああいうのを見て喜ぶようになったら、ある意味おしまいだと思うぞ…俺は」
二つのものが同時に蠕動(ぜんどう)した。
紅(あか)い一つが、沙羅の視界から忽然と姿を消す。
「…!?」
目を見張る沙羅の斜め上空にそれが出現し、防壁越しに彼女を見据える――フィクサーの巨大な瞳は禍々しい醜悪さで沙羅を凍りつかせたが、彼女が悲鳴を上げるより早く、それは地面へ叩きつけられていた。
紅の一体が動いたと同時に跳躍していたブラッドが、背後から蹴り落としたのだ。
ブラッドの攻撃を受け、フィクサーは、地面にめり込んだ頭らしきものをグニャリと捻らせる。
浅黒く硬質に思えたその身体は、どうやら伸縮自在らしい。
沙羅は一哉の防護服を掴む手に力を込め、声を上擦らせる。
「ゆ、歪んだ…ッ!?」
紅いフィクサーは、ダメージを負った部分をゼリー状に変化させて再生し、棘の隆起した浅黒い表皮で再び身体を覆う。
不完全でありながらも自己回復能力を兼ね備えているらしいが、その様はただ悍(おぞ)ましい。
紫のフィクサーがブラッドに向かって跳躍したと同時に、紅い方もまた蠢き、姿を消した。
――疾(はや)い…!
沙羅は息を呑む。
紫の一体の気配はかろうじて追えるが、彼女は、紅いもう一体の気配を捉える事は出来なかった。
だが、襲い来るフィクサーを迎撃すべく踏み込んだブラッドは、二体の動きを把握しているらしい。
機先を制したブラッドの攻撃に圧され、フィクサー二体は為す術なく後退し、ダメージを負った紫の一体が、白い体液を撒き散らした。
一方、紅いフィクサーは衝撃を受ける度に柔らかく身体をへこませ、それを吸収している。
「疾いな…」
一哉の独言に首肯した沙羅は、漠然と正面を見つめながら述懐する。
「あの中にいたら、あたし…動けない」
お手上げ状態の沙羅とは違い、一哉は戦闘を繰り広げる三つの影を見定めていた。
だが、もしも参戦していれば、窮地に追いやられるのは必至だ―― 一哉はそう思う。
目で追える事は、動ける事とイコールではない。
ブラッドと自分との実力差が肺腑(はいふ)に沁み、静かに切歯(せっし)する。
嫉妬すら覚え、拳を握りしめながらも、一哉はあくまで冷静を装い、まるで小動物のように小刻みに震えている沙羅に優しく語りかける。
「沙羅はまだ実戦経験が少ないから、無理もねぇよ。…大丈夫だ、沙羅があいつらと直接戦(ヤ)り合うことはない」
空高く身を躍らせたブラッドが、二体のフィクサーを地面へ叩きつけた。
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